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「菅原伝授手習鑑」 筆法伝授のせりふ

2014/11/17
「菅原伝授手習鑑」筆法伝授で好きなせりふ、気になるせりふ、聞きとりたいせりふを集めてみました。名作歌舞伎全集第2巻、舞台を参考に。

・菅原館の場
希世が園生の前に刈屋姫、斎世親王について聞く。
希世「お尋ね申すことがござる。御息女の刈屋姫、斎世の君とにやほやした世間の取沙汰、ご詮議もなされぬは、コリャ親御たちも御合点の上、駆け落ちでござるかな」。
園生「さればいのう。隠しても隠されぬ。さがなき人の口の端に、かかるも是非なき刈屋姫、斎世の君は猶もって、大切なお身の上、互いに忍ぶ恋路の車、巡り逢う瀬もそこそこに、またこちの娘もほんの母様、河内国土師の里、覚寿様方へと心づき、尋ねに人をつかわしましたが、わざと父御にしらせぬは、世の取り沙汰はご存じなく、筆法伝授も過ぎて聞き給わば、さぞやびっくりし給わんと、彼方此方を思いやる、心のうちを推量してたべ」。

花道より源蔵夫婦登場。
♪御台の御座を見るよりも、ハっと畏れて飛びしさり、蹲りたるばかりなり。
園生「(中略)さあさあ二人とも、遠慮に及ばぬ、近う近う」(中略)。
戸浪「冥加至極もないお詞。お主のお目をくらませし、罰が当たって苦労の世渡り。夫婦の着がえも一つ売り、二つも三つも朝夕の、煙りの代になり果てて、ようよう残せしこの小袖は、御台様より下されし、御恩を忘れぬ売り残り」。♪髪の飾りの引き櫛と、変わり果てたる共稼ぎ。「連れ合いは布子の上、糊立たぬ麻裃、今日一日の損料借り。アヽ、おはもじ、ほんにお上に御存じない事まで」♪身の恥顕はす錆刀、今日まで人手に渡さぬ武士の冥加。
源蔵「ハッ、女房が申し上げます通り、昔の不義放埓、思い廻せばご主人の罰」。

・学問所の場
菅丞相、源蔵と対面。字を書くよう指南。
凡人ならざる御有様丞相様登場!)。恐れ敬う源蔵が、五体の汗は布子を通し、肩衣絞るばかりなり。やゝあって仰せには
丞相「さりがたき仔細あって、汝が行方尋ねしに、今の対面満足せり。其の方儀は幼少より我膝元に奉公なし、天性好いたる筆の道、古き弟子ども追い抜き、あっぱれ手書きになるべしと、思ひのほかに主従の、縁まで切れてその風体、筆取る事も忘れつらん」。♪仰せになおも恐れ入り
源蔵「御返答申すは憚りながら、前髪立ちの時分より、お傍近う召し仕われ、手を書く事は芸の司、書けよ習へと御意なされ、御奉公の隙々、書き覚えたと申すも慮外。蚯蚓(みみず)ののたつく様に書く手でも、芸は身を助けとやら、浪人の生業(すぎわい)。鳴滝村にて子供を集め、手習ひ指南仕り、今日まで夫婦の命毛、筆先に助けられ、清書きの直し字、毎日書けども上がらぬ手跡。お尋ねに預かるほどに身の不器用と御勘当、悔むに詮方なき仕合わせ」。♪嘆くをつらつら聞こし召し
丞相「子供に指南致すとは、賤しからざる世の営み、筆の冥加、芸の徳、申す所に偽りなくば、手跡も変わらじ。改むるには及ばねど、認め(したため)置いたる真字と仮字、詩歌を手本に写し見よ」。

希世、邪魔する。
希世「(中略)菅丞相は当年五十二、寄る年を惜しませ給ひ、唐まで誉むる菅原の一流、これまで伝授の弟子もなし、一代切りで絶すは残念、手を選んで伝授せいと、勅諚で七日の物忌、殊の外お取り込み。事済んでから願うてやろ、さ、早う帰れ」。
丞相「イヤ立つな源蔵。言いつけし手本、只今書け」。

菅丞相、源蔵に筆法伝授決定。
丞相「仮名といい、真名といい、これに勝れし手跡や有らん。菅原の一流は心を伝える神道口伝。七日も満つる今日只今、神慮にも叶ひし源蔵、見事、見事(中略)この上は、伝授の一巻そのほうに与うるぞよ」。
源蔵「ハアヽ有難や忝なや。筆法御伝授賜るからは、勘当も赦されて、以前にかわらぬ御主人様」
丞相「ヤア、主人とは誰を主人。伝授は伝授、勘当は勘当。この以後、対面叶わぬぞ
源蔵「道理をわけての御意なれども、伝授は他へ遊ばされ。なにとぞ御勘当を御免のほどを」。

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菅丞相、御所から参内せよとの命令を受ける。
丞相「七日の斎戒(ものいみ)過ぎざる内、御用とは何事。隨身仕丁の用意せよ」。

園生の前登場。
園生「さりながら、御勘当は許りぬげな。館の出入りも今日かぎり。御参内を見送りがてら。ナ、合点か」。

菅丞相再登場後、冠落ちる。
丞相「伝授あい済むからは、対面は早これかぎり、罷り帰れ。立て立てよ」(中略)(冠落ちる)。
♪何としてかは召されたる、御冠の自ら、落つるをお手に受けとめ給い
丞相「今参内の際に臨み、この冠の落ちたるは」。♪ハッばかりに御気がゝり。
園生「イヤ、それは源蔵が願ひ叶はず落涙致す。落は落つると読むなれば、その験でかなござりましょう」。
丞相「イヤイヤ、さにてはよもあらじ。参内の後知れる事。源蔵早く帰されよ」。
希世「参内」。  皆々「ハヽア」。

戸浪悔やむ。
♪戸浪が悔やみは夫の百倍。
戸浪「お前は御前のお詞かゝり、すぐにお顔を見やしゃんしたが、わたしゃあ、御台様のお後に隠れて」♪あんじりと、お顔も拝まぬ女房の心、思いやっても下されず、まんがちな一人泣き。「同じ科でもお前は仕合わせ。女子は罪が深いという、どうした謂れでなぜ深い。鈍な女子に生まれたわいなア」。

・菅原館門外の場
菅丞相に流罪申しつけ
清行「斎世の君刈屋姫、加茂堤より行方知れず、仔細詮議なされしところ、親王を位につけ、娘を后に立てんとする、菅丞相が予ねての企み。其の罪遠島とあい極まり、流罪の場所は追っての沙汰、それまでは只今帰館のこの時より、館の内に閉じ込め置く」。

源蔵と戸浪、敵を追い散らす。
希世「ヤア、ウヌは源蔵め。一度ならず二度ならず、ようひどい目に合わしたな。うぬがする狼藉は、菅丞相がさせたによって、流罪の仕置きが死罪になるぞ」。
源蔵「物覚えの悪い抜け作め。伝授は受けても勘当は許りぬこの源蔵。さすれば身共に主従はない」。

源蔵夫婦、梅王丸と打ち合わせし、菅丞相の息子を預かる。
源蔵「仁義を守る道真公、とあって讒(ざん)者の計らいにて、お家の断絶覚束なし。ご幼少の若君を、夫婦が預かり奉らん(中略)。梅王丸、若君をこっそりと~」。
梅王「出来た、出来た。お上へ言うても得心あるまい。盗み出すがお家のため」。
源蔵「よい料簡。ちっとも早く、頼む、頼む」。♪頼む頼むという間もなく、築地の上から心の早咲き、勝色みせたる花の顔(かんばせ)」。
梅王「大事の若君、怪我のないよう」。 源蔵「心得た」。
♪心得高き築地の屋根、軒に手届く心も届く、若君受け取り抱き下ろし、外と内とに忠臣二人、胸は開けど開かぬ御門」。

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10:01 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)

「御存鈴ヶ森」 のせりふ

2014/11/13
「御存鈴ヶ森」で好きなせりふ、気になるせりふ、聞きとりたいせりふを集めてみました。舞台等を参考に。

300両持ってくるやつが通る!
雲助「そんならここで、がんばれがんばれ」。

白井権八はどんな人?
飛脚「歌舞伎役者の××××に生き写しだそうでございます」。

白井VS雲助
白井「待て待て待て待ぁーてー。身が紋が丸に井の字ならその方共は何と致す」。
雲助「おお酒手をねだるのだ。おたずねものの、白井権八!」。

長兵衛登場!
長兵衛「お若えの、お待ちなせぇやし(or待たっせえやし」)」。
権八「待てとお止(とど)めなされしは、拙者(or手前)が事でござるよな」。
長兵衛「左様さ。マァお刀をお納めなせえやし(中略)。お気遣いはなせえやすな。まァお刀をお納めなさえまし」。
権八「こぶしも鈍にぶき生兵法、お恥しう存知まする」。
長兵衛「お見受け申せば、お若えのにお一人旅でござりまするか、 シテ、どれからどれへお通りでござりまする」。
権八「ご親切なるそのお言葉、御覧の通り拙者めは、勝手存ぜぬ東路へ、中国筋からはるばると、暮れに及んで磯端に、一人旅とかあなどって、無礼過言の雲助共、きゃつらはまさしく追い落とし、命をとるも殺生と、存じたなれど付け上がり、手向かいいたす不敵な奴、刀のけがれと存ずれど 往来(ゆきき)の者のためにもと、 よんどころなくかくの仕合せ、雉も鳴かずば討たれまいに、益ない殺生いたしてござる」(手をパンパン)。

enomi20130612-02.jpg

長兵衛、死体かたづけ。 長兵衛「往来端に犬の餌食」。

互いに自己紹介。
権八「(中略)力と頼むそこ許の、ご家名聞かぬその先に、名乗る拙者が姓名は、因州の産にして、当時浪人白井権八と申す者」。
長兵衛「スリャ若えのに、権八さまとな」  権八「して、その許のご家名はな」。
長兵衛「問われて何の某と、名乗るような町人でもござりませぬ。しかし、生まれは東路に身は住み慣れし隅田川、流れ渡りの気散じは、江戸で噂の花川戸、幡随院の長兵衛という、けちな野郎でごぜえやす」。
権八「すりゃそこ許が中国筋まで噂の高い、あの幡随院」。
長兵衛「その長兵衛と思いなさると、あてが違う。大違い、大違いだ。(以下、先代の俳優と比べて自分を謙遜)その中国筋はおろか長崎の果てまでも噂に高い長兵衛は、昔のよく話に聞いた鼻の高い長兵衛、また近頃はたんかのうまい長兵衛はあれは俺のとっつぁん、またそのあとを引き受けちゃいるものの、親父似ぬこの無口生真面目、何の役にも立たねえ奴だが江戸で育ったおかげか気が強い。弱い奴ならよけて通り、強い奴なら向こう面、韋駄天が皮羽織で鬼鹿毛に乗って来ようとも、びくともするのじゃぁごぜやせん。はばかりながら侠客(たてし)のはしくれ、阿波座烏(あわざがらす)は浪速潟、藪鶯(やぶうぐいす)は京育ち、吉原雀を羽がいにつけ江戸で男と立てられた、男の中の男一匹、いつでも尋ねてごぜぇやせ。蔭膳(かげぜん)すえて待っておりやす」。

手紙を燃やす。
長兵衛「これで何にも白井氏」。

ラスト。
長兵衛「あっぱれ手の内」権八「長兵衛どの」長兵衛「権八つぁん」
権八「ゆるりと江戸で」 両人「逢いやしょう」。

13:59 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)

「勧進帳」 のせりふ、所作など

2014/11/11
勧進帳で気になるせりふを拾いつつ、「片岡仁左衛門写真集」付属芸談を参考に動きなどをまとめてみました。

花道に5人登場。
旅の衣は篠懸の 旅の衣は篠懸の 露けき袖やしおるらん 時しも頃は如月の十日の夜。月の都を立ち出でて これやこの往くもかえるも別れては 知るも知らぬも逢坂の山隠す 霞ぞ春はゆかしける波路はるかに行く舟の 海津(ここでピーっと笛の音)の浦に着きにけり(弁慶が義経に追いつきお辞儀。裏向きだった5人が客席へ向きを変える)。

義経「いかに、弁慶~」(弁慶、跪いている)(中略)「おのおのの言葉、もだし難く、弁慶が言葉に従い、かく強力とは姿を変えたり。面々計ろう旨ありや」(四天王、力ずくで関所突破しようとするのを弁慶が止める)。
弁慶「やあれ暫く、御待ち候え」(この第一声で弁慶の善し悪しが決まる!力強さが必要)(中略)。「袈裟、兜巾(ときん)をのけられ、笈(おい)を御肩にまいらせて、君を強力と仕立て候(実際は強力の格好は弁慶たちよりみすぼらしいので、申し訳なさそうに。とにかくここは我々に任せて)」。

義経「弁慶、よきにはからい候へ。かたがた、違背すべからず
四天王「かしこまって候」(本舞台へ行ったら鳴り物の近くまで斜めにまっすぐ行き、そこからカギ形にきっちり角度をとって前へ出る)。

舞台中央へ。
弁慶「いかにこれなる山伏の御関をまかり通り候」(奥の人へ呼びかけるように)(中略)。
富樫「何と、山伏の御通りあると申すか。心得てある」(富樫立ち上がる)。

弁慶、富樫に通行できないといわれる。
富樫「近頃殊勝には候へども、この新関は、山伏たるものに限り、固く通路なりがたし」(え?という感じ)。
弁慶「心得ぬ事どもかな(独り言)。して、その趣意は(問いかける)」(中略)。

弁慶「さて、その斬ったる山伏首は、判官殿か」。
富樫「ああら、むずかしや。問答無用。一人も通すこと罷りならぬ富樫座る)」。
弁慶「言語道断」(強く怒る!帝の勅命で寄付を募っているのに通行不能になり任務遂行できなくなる山伏としての怒り)(中略)。「さらば最期の勤めをなし、尋常に誅せられうずるにて候。かたがた近うわたり候へ」。 四天王「心得て候」。

七代目松本幸四郎
enomi20141111-01.jpg

祝詞。四天王を四菩薩に見立て四つ目(正方形)に位置どらせ、弁慶が真ん中で祈る。

勧進帳読み上げへ。
富樫「近頃殊勝の、御覚悟(中略)勧進帳を、遊ばされ候へ。これにて聴聞つかまつらん」。
弁慶「何と、勧進帳を読めと仰せ候や」。
富樫「いかにも」。 弁慶「心得て候」。
もとより勧進帳のあらばこそ。笈の内より、往来の、巻物一巻取りいだし、勧進帳と名付けつつ、高らかにこそ読み上げけれ」。
弁慶「そおれ、つらつらおもん見れば」(詠うように節をつける型あり。ここで天地人の見得。天地人の見得とは、1人が高い場所、もう1人が低い場所でポーズを決める、2人同時に行う見得。気配を感じて弁慶がふと見ると富樫が覗き込んでいるので驚いて巻物を伏せて隠す。弁慶の態度に自信を感じ、富樫は疑うのをやめる)。
弁慶「大恩教主の秋の月は、涅槃の雲に隠れ、生死長夜の長き夢、驚かすべき人もなし(中略)」(勧進帳を読み終わり不動の見得。一巻を巻き上げ、その一巻を剣に見立てて右手で持ち、左手に数珠。片方の目を真ん中、片方を寄せる)。

山伏問答。
富樫「勧進帳、聴聞の上は、疑いはあるべからず。さりながら事のついでに問い申さん。(中略)。袈裟衣を身にまとい仏徒の姿にありながら、額にいただく兜巾(ときん)はいかに」。
弁慶「すなわち兜巾篠懸は武士の甲冑にひとしく、腰には弥陀(みだ)の利剣(りけん)を帯し(たいし)(腰の刀を指す)、手には釈迦の金剛杖にて(手にした一巻を杖に見立てる)、大地を突いて踏み開き(その様を見せる)、高山(上を見る)絶所(下を見る)を縦横せり(その様を見せる)」。
(中略)
富樫「そもそも九字の真言とはいかなる義にや。ことのついでに問い申さん。ささ何と、何と。」(弁慶、富樫がえらいこと訊くと手ごわさを感じる)。
弁慶「九字の大事は深秘にして語り難きことなれども」(と言いつつ総て語る)(中略) 「まだこの上にも修験の道、疑いあらば尋ねに応じ答え申さん。その徳、広大、無量なり」(身体全体で壮大な雰囲気を表す)。「謹んで申すと云々(うんぬん)、かくの通り」。♪感心してぞ・・・。(ここで元禄見得。左足を斜め前に踏み出し、左の数珠の手も前。一貫を持った右手は斜め右だが、手首は下がっている)。

富樫が布施物を贈る。
富樫「(中略)布施物持て」(ここで一息。後見の座に下がって一息)「近頃、些少には候へども、南都東大寺建立の勧進、すなわち布施物、御受納くだされば某が功徳、ひとえに願い奉る」。
弁慶「こは有難の大檀那富樫のために御祈祷。富樫は頭を下げる)」。

富樫、強力を呼びとめ、両者詰め寄り。
富樫「いかにそれなる強力、止まれとこそ」。
♪すわや我が君をあやしむるは、一期の浮沈ここなりと、各々後へ立ち帰る。
弁慶「ヤアレ暫く。慌てて事を仕損ずな」。
四天王三人をまとめていた常陸坊まで斬り死の覚悟で身構えるのを、弁慶が命がけで止める)(中略)。

弁慶、義経を打擲。
弁慶「人が人に似たりとは珍しからぬ仰せ(嘲笑気味に)さて、誰に似て候ふぞ」。
富樫「富樫: 判官殿に似たると申す者の候うほどに、落居の間、とどめ申した」(中略)。
弁慶 「思えば、憎し。憎し、憎し判官殿に似ているからと言われ義経にお前がもたもたしているから、と責める)」。
金剛杖をおっ取って、散々に打擲す金剛杖で三回義経を打つ。義経の笠を三回打つとき、三つ目は実際に笠に当てる。三つ目で義経が前のめりになるための合図)。 
弁慶「通れ」。
♪通れとこそはののしりぬ(金剛杖をトンと突き、右足をトンと踏み鳴らす。この音で緊迫感)。
富樫「いかように陳ずるとも、通す事」 番卒「まかりならぬ」。
弁慶「笈に目をかけ給ふは、盗人ぞうな」(強力の持っている荷物に文句をつけて盗ろうとする盗賊かという文句)。
かたがたは何ゆえに、かほど賎しき強力に太刀刀を抜き給うは、目垂れ顔の振舞い嘲笑)。臆病の、至りかと(詰め寄り。斬りかかろうとする四天王を弁慶が止める。両者押し合い)(中略)。
弁慶「まだこの上も御疑い候はば、この強力、荷物の布施物もろともにお預け申す。いかようとも糾明あれ。但しこれにて(トーンと金剛杖をつく)、打ち殺し見せ申さん(金剛杖を振り上げ義経を殴り殺す形)(中略)」。
弁慶「おお疑念晴らし、打ち殺し見せ申さん」。
富樫「誤まりたもうな。番卒どもがよしなき僻目より、判官殿にもなき人を疑えばこそ、かく折檻もしたまうなれ。今は疑い晴れ候う。とくとく誘い通られよ」(誘いという表現で、弁慶は富樫が承知で見逃すことを知る)。

判官御手を場面。
弁慶が下手に向きを変え、義経と入れ替わるときに目が合うが、申し訳ない気持ちでいっぱい。視線をそらして下手へ控える)。
義経「いかに、弁慶。さても、今日の機転、さらに、凡慮のおよぶべきところに、あらず」(中略)。
弁慶「それ世は末世に及ぶといえども、日月いまだ地に落ち給わぬ御高運、有難し有難し全身全霊で感謝の気持ち)。計略とは申しながら、まさしき主君を打擲、天罰空恐ろしく、千斤も上ぐる、それがし腕もしびるるごとく覚え候。あら、勿体なや、勿体なや大事な台詞。身体全体から滲み出る表現で)。
♪ついに泣かぬ(二つ前へ寄るが、足から出ずに胸から出る。義経への思いが一杯なので低い形)。弁慶の、一期の涙ぞ殊勝なる。判官、おん手を差しのべられた手に気づく取り給い両手を上に向けはーっと敬う)。

十七世中村勘三郎、七世梅幸、二世尾上松緑、
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舞。
♪鎧に、沿いし袖枕。片敷く隙(ひま)も、波の上。ある時は、舟に浮かび、風波に身を任せ。またある時は山石の馬蹄も見えぬ雪の中に、海少しあり夕浪の立ちくる音や、須磨明石(舟を漕ぐしぐさ、中啓を馬に見立て馬に乗っている形、吹雪、弓を射る形等、石投げの見得)。兎角三年の程もなくなく、いたわしやとしおれかかりし鬼あざみ、露に霜おくばかりなり(四天王泣く、弁慶こらえる)。

富樫、酒宴に誘う。
みんなで引き上げようとする)。 富樫「のうのう客僧たち、しばし、しばし」(四天王が義経を匿い後ろへ。弁慶、後ろ中央へ)。

弁慶の酔態。
弁慶「あら有難の大檀那。御馳走頂戴つかまつる」。
♪実に実に、これも心得たり。人の情の盃を、受けて心をとどむとかや。今は昔の 語り草。あら恥ずかしの我が心。一度まみえし女さえ、迷いの道の関越えて、今またここに越えかぬる人目の関のやるせなや。悟られぬこそ浮世なれ。おもしろや山水に。おもしろや山水に。盃を浮かべては、流に引かるる曲水の、手まずさえぎる袖ふれて、いざや舞を舞はうよ。

延年の舞。
弁慶「万歳ましませ、万歳ましませ 巌の上。亀は棲むなり。ありうどんどう」。
♪元より弁慶は、三塔の遊僧(右足を上げながら身体を右に振り、右足を突くと同時に左足をポンと踏む。今度は左足から同様に)。舞、延年の時の若。

去り際。
♪陸奧の国へぞ下りける。(花道七三へ行って、足踏み二つ。富樫を顔を合わせ金剛杖を肩にかける。幕が閉まる。幕外。揚幕を見込んで一行の無事を確認し安堵。改めて富樫に感謝を込めて頭を下げる。三通りのやり方。三回客席を見回し、八百萬の神々に対して心を表現する型、芝居櫓、正八幡にお辞儀をする型等)。(飛び六法。義経を命がけで守る思いを全身全霊に込める)。

11:28 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)

「一ノ谷嫩軍記」 熊谷陣屋のせりふ

2014/11/08
「一ノ谷嫩軍記」熊谷陣屋で好きなせりふ、気になるせりふ、聞きとりたいせりふを集めてみました。名作歌舞伎全集第4巻、舞台を参考に。

制札をみて。
町人「一枝を切らば一指を切るべしとのご法度じゃ」。

相模と藤の方久々のご対面。 二人「これはしたり」。

藤の方、相模の夫熊谷次郎を討ちたいと迫る。
相模「只今にては武蔵野国の住人、士の党の旗頭熊谷次郎直実と申しまする」。
藤「そなたの連れ合い佐竹次郎は、今では熊谷次郎とな」(中略)。
相模「討たせとは、そりゃ誰を」。藤「そなたの夫、熊谷を」。
相模「エエ、そりゃ又なんのお恨みで」。
藤「さいなア、無官の太夫敦盛を、そなたの夫熊谷が討ったわいの」。

熊谷直実、花道より登場。
花の盛りの敦盛を討って無常を悟りしか、さすがに猛き武士も、物の哀れを今ぞ知る、思いを胸に立ち帰る。♪妻の相模を尻目にかけて座に直れば、軍次はやがて覆いになり。

藤の方、熊谷に詰め寄る。
熊谷「小次郎を無理に引立て、小脇に引ん抱き、我が陣屋へ連れ帰り、某はその軍に、搦手(からめて)の大将、無官の太夫敦盛の首取って、比類なき功名」。
♪噺(はなし)にさてはと驚く相模、後ろに聞き居る御台所。
藤「わが子の敵、熊谷やらぬ」。
♪熊谷やらぬと抜く所、こじりつかんで。
熊谷「ヤア、敵呼ばわり何やつだ」。
相模「聊爾(りょうじ)なされな。あなたは藤のお局さま」。♪聞いてびっくり。
熊谷「何、藤のおん方。誠に藤のお局さま」。
思いがけない御対面と、飛び退き敬い奉れば
藤「コリャ熊谷、いかに軍の習いじゃとて、年端も行かぬ若武者を、ようむごたらしゅう首討ったな。サア約束じゃ、相模、助太刀して夫を討たしゃ」。
熊谷「(中略)しのぎを削るには、誰彼の容赦があろうか。藤の御方、戦場の儀は是非なしと御諦め下さるべし。その日の軍のあらましと、敦盛卿を討ったる次第、お物語つかまつらん」。

熊谷の物語。
熊谷「されば御顔をよく見奉れば、鉄漿(かね)黒々と、細眉に、齢は十六夜、我が子の齢ばい。定めて両親ましまさん、その御歎きはいかばかりと、子を持ったる身の思ひの余り、上帯取って引立て塵打払ひ早落ち給ヘと」。
相模「と勧めさしゃんしたか。そんなら討ち奉る心ではなかったのか」。
熊谷「オヽサ、はや落ち給へと勧むれど、アイヤ一旦敵に組敷かれ、何面目に存えん。早首取れよ熊谷」。
藤「ナニ首取れというたかいの、健気な事をいうたなア」。
熊谷「サヽ、その仰せにいとゞ猶、涙は胸にせき上げて、まっこの通りに我が子の小次郎、敵に組まれて命や捨てん。実に浅ましきは武士の習ひと太刀も。♪抜兼ねしに、逃去ったる平山が、後の山より声高く 「熊谷こそ敦盛を組み敷きながら助くるは、二心に極りしと、呼ばはる声々。アヽ、是非もなや、仰せ置かるゝことあらば言伝へ参らせんと申上ぐれば」。♪御涙をうかめ給ひ。「父は波濤へ赴き給ひ、心に掛かるは母人の御事。昨日に変わる雲井の空、定めなき世の中を、いかゞ過ぎ行き給うらん。未来の迷ひこれ一つ、熊谷頼むの御一言。是非に及ばず御首を、討ち奉ってござりまする。戦場の習いじゃわ。」
藤「さほど母をば思うなら、経盛殿の詞につき、なぜ都へは身を隠さず」。♪一の谷へは向ひしぞ。健気に鎧うたその時は、母もともども悦んで 「勧めてやりし可愛いやなア」。♪覚悟の上も今更に、胸も迫りて悲しやと、くどき歎かせ給ふにぞ、御尤とは思へども~。

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青葉の笛。
藤「今わの際まで、肌身放さず持ったるはコレ、この青葉の笛。われとわが身の石塔を、建てゝ貰うた価にと、渡し置いたこの笛の、我が手に入りしも親子の縁」(中略)。
♪親子の縁の絆にや、障子に映る陽炎の、姿はたしかに敦盛卿、藤の局は一目見るより
藤「ヤヽ、わが子か、なつかしや」♪かけ寄り給ふを相模は押し留め。
相模「香の煙に姿を顕わし、実方は死んで再び都へりしも、一念のなす所、いぶかしきは障子の影、殊に親子は一世と申せば、御対面遊ばさば御姿は消失せん」。
藤「イヤノウ、四十九日が其の間、魂中有に迷うと聞く。せめては逢うて一言を」。
♪振り放し、障子がらりとあけ給へば、姿は見えず緋おどしの、鎧ばかりぞ残りける」。

首実検。
熊谷「(中略)ご諚にまかせ敦盛の首討ったり。イザ、御実験下さるべし」。 ♪ふた取れば。
藤、相模「ヤ、其の首は」。
♪かけ寄る女房、御台は我が子と心も空、立ち寄り給えば首を覆ひ
熊谷「イヤ実験に供えし後は、お目にかけるこの首、お騒ぎあるな。騒ぐな。お騒ぎあるな」。
♪と熊谷が、諌めに流石はしたのう、寄るも寄られぬ悲しさの、千々に砕くる物思い。♪次郎直実謹んで
熊谷「敦盛卿は院の御胤。此の花江南の所無は、即ち南面の嫩(ふたば)、一枝を切らば一指を切るべし。花によそえし制札の面、察し申して討ったる御首、御賢慮に叶いしか、ただし直実あやまりしか、御批判いかに」。
義経「ホヽオ、花を惜しむ義経が心を察しよくも討ったり、敦盛にまぎれなきこの首、由縁の人もありつらん、見せて名残りを惜しませよ」。
熊谷「こりゃ女房、敦盛卿の御首、藤の方へお目にかけよ」。相模「アイ・・・」。
♪あいとばかりに女房は、あえなき首を手に取り上げ、見るも涙にふさがりて、変わるわが子の死顔に、胸はせきあげ身もふるわれ、持ったる首のゆるぐのを、うなずく様に思われて
相模「門途(かどで)の時にふり返り、にっこと笑うた面差しが」♪あると思えば、可愛さ不憫さ、声さえのどにつまらせて。「もうし藤の方様。お歎きあった敦盛さまのこの首」。
藤「ヤヤ、其の首は」。

弥陀六登場。
義経「宗清待て。いや、弥平兵衛宗清、待て」。♪びっくり、はっと思えど、そらさぬ顔。
弥陀六「弥平さんとやら、大将様が呼んでなさるぞ。もし、弥平さん、弥平さん。そんなお方は居てじゃござりませぬ」。
義経「諺にも、いたって憎い悲しいとうれしいとののこの三つは、人間一生忘れずという。その昔、母上常盤の懐に抱かれ、伏見の里にて雪に凍えしを、汝が情けをもって親子四人が助かりし嬉しさ。その時われ三歳なれど面影は目先に残り、見覚えあるその眉間の黒子。サ隠しても隠されず。重盛卒去の後は行方知れずと聞きつるが、健固でありしか、いや満足、満足」。
弥陀六「ハテ、恐ろしいほどの眼力じゃなあ。老子は生まれながらさとく、荘子は三つにしてよく人相を知ると聞きしが、かく弥平兵衛宗清と見られし上は、いかに義経殿」。

義経、弥陀六に鎧櫃をプレゼント。
義経「これ、親仁。その方が大切に育つる娘へこの鎧びつ、届けてくれよ。こりゃ、弥陀六」。
弥陀「なに、弥陀六とな。宗清ならば源氏の大将が頼むべきいわれなし。こりゃおもしろい。いかにも弥陀六頼まれて進ぜましょう。しかし、娘へは不相応な下され物。中をちょっと拝見」。♪ふた押しあくれば。
藤「ややっ、そなたは」。
弥陀「いや、この中には何もない。この中には何もない。何もない。これでちっとは虫がおさまった。いやなに、直実殿。こなたへの返礼はこの制札。一枝を切らば一子を切って、エヽかたじけない」。

熊谷出家。
義経「オヽさもありなん、そもそももののふの高誉れをを望むも、子孫に伝えん家の面目、その伝うべき子を先立て、軍に立たん望みはあるまい。願いにまかせ暇を得さすぞ。汝健固に出家をとげ、父義朝や母常盤の回向を頼む」。
相模「そのお姿は」。 熊谷「なに驚く事あらん(中略)」。
弥陀「コレコレコレ、義経どの。モシ又敦盛よみがえり、平家の残党狩り集め、恩を仇にて返さばいかに」。
義経「オヽ、それこそは義経や、兄頼朝が助かりて、仇を報いしその如く、天運次第恨みを受けん」。
熊谷「実にその時はこの熊谷、浮世を捨てて不随者と、源平両家に由縁はなし、互に争う修羅道の、九患(くげん)を助くる、回向の役」。
弥陀「この弥陀六も時を得て、また宗清と心の還俗」。
熊谷「われは心も墨染に、黒谷の法然を師と頼み、教えを受けん。君にも益々御安泰」。
♪お暇申すと夫婦づれ、石屋は藤のお局を伴ひ出ずる陣屋の軒。
藤・相模「御縁があらば」。 ♪と女子同士。
熊谷・弥陀「命があらば」。 ♪と男同士。 義経「健固で暮らせよ」(中略)。
熊谷「今ははや何思う事なかりけり、弥陀の御国へ行く身なりせば。十六年は一昔、アヽ、夢だ夢だ」。♪ほろりとこぼす涙の露、柊に置く初霜の、日影にとける風情なり」。

01:34 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)

「義経千本桜」 すし屋のせりふ

2014/11/05
「義経千本桜」すし屋で好きなせりふ、気になるせりふ、聞きとりたいせりふを集めてみました。名作歌舞伎全集第2巻、舞台を参考に。

お里、夫婦になる練習。
お里「今までのようにお里さま、お里さまと様づけはならぬぞえ、これからは里、ああせえ、こうせえ、と呼び捨てにしてくださんせいな」。「お前が戻ってきたら、門の戸をあけてナ、左の袖をこうやって、手拭をこうかけて、右の足をこう出して、エヘン、女房どものお里、今戻った、とこうじゃわいなア
弥助「左様なら、こう戻って、エヘン、女房どものお里、さま、只今戻りました」。
お里「アレ、やっぱり様づけじゃわいなア」。
弥助「女房どものお里、今戻った」。お里「こちの人」 。
弥助「女房ども」。  お里「オヽ嬉し」。

権太登場。 ♪わりなき仲と知られけり。この家の惣領いがみの権太

お里ひっこみ。 お里「兄さん、ビヽ、ビヽ、ビヽ」。

権太、母に無心。
「私は遠い所へ参らねばなりませぬ。親父様にもお前様にも、おまめでお暮らしなさりませ」。(中略)「代官所へ納める年貢の金、三貫目というものを、そっくり取られましたからは、どうでもお仕置きを受けねばなりませぬ。情けない目に逢いました」。
♪かます袖をば顔に当て、しゃくり上げても出ぬ涙、鼻が邪魔して目の縁へ届かぬ舌ぞ恨めしき。
権太「ナニ、親父が鍵を持って行った。そりゃア、こちこちがようござりまする。(中略)今わっちがあけて見せましょう」おっかさん、ヘイ、あきました」。
母「オヽ、器用な子じゃの」。

弥助、維盛に。 ♪忽ち変わる御よそおい、上座に直し手をつかえ。

若葉の内侍と息子の六代登場。
弥助「思う折から娘の恋路、つれなくいわばあやまちあらんと、仮の契りは結べども、女は嫉妬に大事も洩らすと、弥左衛門にも口留めして、わが身の上を明かさず、仇な枕も親どもへ、義理にこれまでちぎりしぞや」。
♪語り給えば臥したる娘、こたえ兼ねしか声上げて、わっとばかりに泣きいだす。こは何ゆえと驚く内侍、若君引き連れ、逃げ退かんとし給えば
お里「まずまず」。「私は里と申して、この家の娘。徒(いたずら)もの、憎いやつと思し召されん申しわけ、過ぎつる春の頃、色めずらしい草中へ、絵にあるような殿御のお出で、維盛様とは露知らず、女子の浅い心から、可愛らしい、いとしらしいと」。♪思い初めたが恋のもと。「父も聞えず、母さまも」。♪夢にも知らして下さったら、たとえこがれて死すればとて、雲井に近き御方へ、鮓屋の娘が惚れらりょうか。「一生連れ添う殿御じゃと、思い込んで居るものを、二世のかためは叶わぬ、親への義理にちぎりしとは、なさけないお情けに」。

権太、登場。
権太「聞いた聞いた。お触れのあった内待、六代、維盛弥助、ふん縛って金にするのだ」。
お里「コレ、待って下さんせ。これはわたしが一生の願い、兄さん、どうぞ見逃して下さんせ」。
権太「べら坊め、大金になる仕事だ。そこどきアがれ」。

お里、権太が維盛を捕らえようとしていると訴える。
弥左「娘出かした、出かした」。
お里「ねっから出かしはせぬわいな」。
弥左「兄跡追っかけて。それやってなるものか」。

enomi20141105-01.jpg

梶原平三景時登場。
弥左「三位中将維盛が首、イザ、お受け取り下さりましょう」(中略)。
権太「内待、六代、維盛弥助、いがみの権太が生け捕ったり」(中略)「面アあげろい」。
梶原「褒美には親弥左衛門が命助けてくりょう」。
権太「アヽ、モシモシ、親の命を助けて貰おうといって、命がけの働きゃア致しやせん」。
梶原「スリャ親の命を取られても褒美がほしいか」。
権太「ハテ、親の命は、親父とご相談なさって下さいまし。わっちゃアやっぱり、お金がよろしゅうござります」。
梶原「ムム、褒美くりょう、それ」。

梶原退場。
梶原「権太郎とやら、それへ出い」。 権太「へい」。
梶原「面を上げい。弥左衛門一家の奴等、しかと汝に預けるぞよ」。
権太「お気づかいなされますな。貧乏ゆるぎもさすこっちゃアござりませぬ」。
梶原「こいつ小気味のよいやつだなア、ハハハ」。
権太「モシ、褒美の金を忘れちゃあいけませんぜ。お頼み申しますぜ」。

権太、父に刺される。
権太「とっさん、とっさん、コレ、親父さま」。
弥左「エヽ、何じゃい」。
権太「こんたの智慧で維盛を助けることは、そいつアいかねえ、そいつはいかねえ」。「おいとしや、親父さま」。「おれの性根が悪い故、御相談の相手もなく、前髪の首を惣髪にして渡さうたあ、料簡ちげえのあぶねえ仕事だ。梶原ほどの侍が、弥助というて青二才の、下男に仕立ててあることを、知れえで討手に来ましょうか。それと言わぬはあっちも合点、維盛様御夫婦の路金にせんと盗んだ金、重いを証拠に取りちがへ、持って帰って鮨桶を、あけて見たれば中には首、はっと思えどこれ幸い、前髪剃って突きつけたは、とっさん、やっぱりおめえの仕込の首だ」。
弥左「そのまた性根で、御台さま、若君さまを、なぜ鎌倉へ渡しおったぞ」。
権太「そのお二方と見えたのは」。弥左「そのお二方と見えたのは」。
権太「この権太郎が女房、倅だ」。

権太が解説。
権太「そのお悔くやみは御無用々々、常が常なら梶原が、身代わりくっちゃあ帰りますめえ。まだそれさえも疑って、親の命を褒美にくりょう、忝ねえというとはや、詮義に詮義をかける所存、いがみと見たゆえ油断して、一ぱい喰って帰ったは
♪わざわいも三年と、悪い性根の年のあけ時。
「生まれついて諸勝負に魂奪はれ、今日も彼方(あなた)を二十両、かたり取ったる荷物の内、うやうやしい高位の絵姿、弥助がつら、あなたの顔に生きうつし、合点が行かぬと母人に、金の無心をおとりに入り込み、忍んで聞けば維盛卿、御身に迫る難義の段々。こゝで性根を入れ換えずば、おっかさん、いつ親父様のご機嫌の、直る時節もあるまいと、打って替えたる悪事の裏、維盛様の首はあっても、内侍若君の代わりに立てる者もねえから、どうしようか、こうしようかと、途方にくれていたところへ、女房小せんが倅を連れ、これ権太どの、何うろたえることがあらう、わしと善太をコレこうと、手を廻すれば倅めも、これちゃんや、俺もおっかあと一緒にと、共に廻して縛り縄、かけても/\手がゆるみ、結んだ縄もしゃらほどけ、いがんだおれが直ぐな子を、持ったは何の因果ぞと、思っては泣き、締めては泣き、後手にしたその時は、いかな鬼でも蛇心でも、堪えられたもんじゃねえ、可愛や女房めが、わっと一声その時は、コレ、血ゝゝ」。
♪血を吐きましたと語るにぞ、力み返って弥左衛門。
弥左「コレ聞こえぬぞよ権太朗。孫めに縄をかける時、血を吐くほどの悲しさを、常にもってはなぞくれぬ」(中略)。
維盛「これも定まる因縁ぞや」。
弥左「そんならこれも、鎌倉の奴らが仕業でござりましたか」。
維盛「いうにや及ぶ。右大将よりともが威勢にはびこる無得心。一太刀恨みぬ残念さよ」。
♪怒りに交わる御涙。

頼朝の陣羽織を引き裂こうとしたら、裏に歌の下の句が。
維盛「内や床しき、内や床しき。二つ並べて書いたるは、心得ぬ。この歌は小町の詠歌、雲の上はありし昔に変わらねど見し玉簾(たまだれ)の内やゆかしきとありけるを、その返しとて、人も知ったるこの歌を、物々しゅう書いたるは心得ず。ことに梶原は和歌に心を寄せし武士(もののふ)。内や床しき、内ぞ床しき。ムヽ、この羽織の縫い目の内ぞ床しき」。♪襟際つけ際切りほどき、見れば内には袈裟念珠。「さもそうず、さもあらん。保元平治のその昔、我が父小松の重盛、池の禅尼と言いあわせ、死罪極まる頼朝を、命助けて伊東へ流人、その恩報じに維盛を、助けて出家させよとの、鸚鵡返しか恩返しか。敵ながらもあっぱれの大将じゃなア見し玉簾の内よりも、心の内の床しさや」。
権太「及ばぬ智慧で梶原を、たばかったと思いしに、それもあっちが皆合点、思えばこれまで騙ったも、果ては命を語らるる」。

維盛、出家を決意。 維盛「離るヽときは、今この時」。

23:58 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)
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