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評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを」 横田 増生

2013/02/25
青森から上京してきた18歳の予備校生は、どのようにして、消しゴム版画家にして名コラムニストとなったのか。他の追随を許さない鋭い批評眼は、いかにして生まれたのか。なぜ、魅力的で非凡な文章を書き続けることができたのか。ナンシーを知る人たちへのインタビューとともに、彼女自身の文章に垣間見えるいくつもの物語を紐解きながら、稀代のコラムニストの生涯に迫る(「BOOK」データベースより)。

評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを」

図書館で借りるのに半年待った。きっとうちの区に一冊だけあって、それを区民で回し読みしている状態。

評伝でナンシーの何が分かる、などと思ったが、数あるナンシーの分析の中では一番良かったかも。数々のコラムは身を削る思いで書かれていたことがわかる。

それにしても川島なおみまでもがナンシーにコメントしているなんて。「評伝」を書かれてしまったことも含めて、ナンシーは「やめてくれー」と思ってるに違いない。

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19:23 エッセイ | コメント(0) | トラックバック(0)

「田中眞紀子の正体」 上杉 隆

2013/02/25
真紀子外相の登場から現在に至る一年は、日本のポピュリズムが猖獗をきわめた一年だった。それはまた、日本の政治の将来を暗示するものでもあった。メディアは、視聴率を上げるため、あるいは雑誌・新聞の売り上げを伸ばすため、そして時には抗議の電話を恐れて、事実を国民の前から覆い隠したのである。このことから国民が受けた損失は、はかりしれないものがあった。この本は、二年間にわたって真紀子を取材しつづけた気鋭のジャーナリストが、渾身の力を込めて真紀子をめぐる隠された事実を明らかにしたものである(「BOOK」データベースより)。

田中真紀子の正体

田中眞紀子は絶対的悪人である、というゆるぎない視点で書いているので、バランスは欠いている。

あくまでゴシップ本としての面白さ。取材は詳細。

19:20 社会科学 | コメント(0) | トラックバック(0)

のんびり吉祥寺

2013/02/11
2月10日の日曜日、念願の吉祥寺に行ってきた。念願の、というのは、もうかれこれ10年近く行きたい行きたいといってようやく夫に付き合ってもらったということ。一人でいけばよいのだが、それほどのパワーはなく…。

10年ぶりの吉祥寺は家族連れとカップルだらけ。こんなに混んでいるとは思わなかった。

昼過ぎに到着したので、まずは腹ごしらえ。ネットで井の頭公園内のタイ料理店「ペパカフェフォレスト」が人気、という情報を仕入れていた。公園の中で風に吹かれてエスニック料理っていいじゃない、と思って井の頭公園に行きそのお店に向かったのだが、予想通りというかなんというか、1時間待ちくらいの大行列。

そこまで待つ気力はない。胃袋がタイ料理しか受け付けない状態だったので、10年近く前にも行ったタイ料理店「ペパーミントカフェ」を探す。ペパカフェフォレストの姉妹店だと思う。住所を見ると店付近にいるはずなのに、なかなか着かない。やっと見つけたときは力が抜けた。

人気メニューらしいカオマンガイと揚げたカオマンガイを注文。ランチはスープとサラダがセット。ビールはもちろんシンハーね。
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カオマンガイは、ゆでた鶏とそのゆで汁で炊いたご飯。タレを鶏肉につけて食べるのか、タレを鶏肉にまぶしてよいのかお店の人に聞いたら、どちらでもOKとのこと。味付きご飯大好きな私は、タレを鶏肉にまぶして、ご飯にもふりかけてしまう方を選択。シンプルなのに、なんでこんなに美味しいんだろう。

満腹になった後は、再度井の頭公園へ。井の頭池は白鳥だらけ。嘘です。白鳥ボートだらけ。ボードどうし激突するんじゃないかってほど。下の写真はボートの少ないところを狙って撮影。
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学生のころ、井の頭公園でボートに乗ると別れるっていうジンクスがあった。10年前行ったときは、それを覚えてて、なんとなく乗らなかった。今回はさすがにジンクスを気にすることはなかったが、単純に気分が乗らず、結局乗らなかった。年だなあ。まあ、こんなものでしょう。

公園の中は、露店でいっぱい。アクセサリー、雑貨、絵葉書とか。犬の洋服の露店もあった。
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露店って、元はとれているだろうか?趣味5分の4、実益5分の1位?等と考えつつ、箸を売っているお店でクリの箸を買った。柔らくて使いやすそう。
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露店を抜け出た後、夫が甘酒が看板の出ているお店「井泉亭」を見つけ、甘酒飲みたいと騒ぎ出したので、お店に入る。
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しかし、入ったとたん、腹が減った(なぜ?)というので、おでんを注文。もちろん熱燗も。ま、私もお汁粉を注文したのだけれど。久しぶりに食べたお汁粉は、あまり甘くなく、焼き餅は香ばしく、懐かしい味。冷えた体があったまった。
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公園を満喫した後は、雑貨店で洋服、外国雑貨を冷やかしながら駅へ。アジアンテイストの雑貨店に売ってた、つぎはぎで作ったゴムスカートが可愛かった。夏になったら(もう少し痩せた後)買いに来たい。途中、丸井の家具売り場をのぞいてこの鍋がほしい、いや、このテレビ台でしょ、なんていいながらふらふら。

帰りの電車に乗ったのは夕方4時くらい。滞在時間は短かったけど、のんびり吉祥寺を満喫。すでにまた行きたいけど、次回はいつになることやら。

23:34 お出かけ | コメント(2) | トラックバック(0)

「愉快な裁判官」 寺西 和史

2013/02/08
市民集会で発言したことが「積極的な政治運動」にあたるとして最高裁に懲戒処分を受けた現職裁判官が、裁判官になるまでの経緯やこれまで関わった事件、自らの懲戒処分などを振り返り、この国の司法の問題を追究する(「MARC」データベースより)。

   愉快な裁判官

頭の良いひとだというのは読めばわかる。でも、私は友達にはならないタイプだなー。

裁判の公正らしさが確保されれば、国民が裁判制度を利用する意欲が促進される、これにより国民が裁判を利用する機会が増え、結果、国民の権利が保障される、という論法はダメですか?

論破されそうですが。

11:49 社会科学 | コメント(0) | トラックバック(0)

「仮想儀礼」 篠田 節子

2013/02/04
信者が三十人いれば、食っていける。五百人いれば、ベンツに乗れる―作家になる夢破れ家族と職を失った正彦と、不倫の果てに相手に去られホームレス同然となった矢口は、9・11で、実業の象徴、ワールドトレードセンターが、宗教という虚業によって破壊されるのを目撃する。長引く不況の下で、大人は漠然とした不安と閉塞感に捕らえられ、若者は退屈しきっている。宗教ほど時代のニーズに合った事業はない。古いマンションの一室。借り物の教義と手作りの仏像で教団を立ち上げた二人の前に現れたのは…。二十一世紀の黙示録的長篇サスペンス(上巻)。

社会から糾弾され、マスコミと権力の攻撃のターゲットにされた「聖泉真法会」に、信者の家族が奪還のために押しかける。行き場を失い追い詰められた信者たちがとった極端な手段。教祖・慧海のコントロールも超えて暴走する教団の行方は―。人間の心に巣くう孤独感、閉塞感、虚無感、罪悪感、あらゆる負の感情を呑み込んで、極限まで膨れ上がる現代のモンスター、「宗教」の虚実(下巻) (「BOOK」データベースより)
   
   仮想儀礼〈上〉   仮想儀礼〈下〉

上巻を読んでいる間は、宗教をビジネスとして立ち上げるのもありかも、と思ったが、下巻を読み、宗教を頼ってくる人たちを受け止める度量、器がなければ団体維持は難しいことを実感。

団体を設立した教祖の思惑を超えて、信者たちが教祖が及びもつかないの信仰心をもち、教祖が信者をコントロールしきれなくなっていく。そしてラストで教祖が信者を守るべく決意をする。信者の信仰に偽物の教祖が飲み込まれていくラストを美談として捉えるべきなのか、教祖は本物の教祖になったのか。これも一つのカルトなのか、それとも設立者としての責任を果たしただけなのか。

あと、女性信者に愛された宗教幹部矢口は、宗教団体の性のあり方の難しさを象徴する。「ハーレム」等と中傷されやすいが、本物の教祖は主人公桐生よりも矢口なのかもしれない。

ルポタージュのような淡々とした描写。なのに息もつかせぬ場面展開。宗教団体がテーマである以上、綿密に取材し且つさまざまな方面に配慮して書いているだろうことを考慮すると力作といってよいだろう。

15:42 日本・小説(新) | コメント(0) | トラックバック(0)
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