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「蒲団」 田山 花袋

2010/08/17
34歳くらいで、妻と2人の子供のある作家の竹中時雄のもとに、横山芳子という女学生が弟子入りを志願してくる。始めは気の進まなかった時雄であったが、芳子と手紙をやりとりするうちにその将来性を見込み、師弟関係を結び芳子は上京してくる。時雄と芳子の関係ははたから見ると仲のよい男女であったが、芳子の恋人である田中秀夫も芳子を追って上京してくる。
時雄は監視するために芳子を自らの家の2階に住まわせることにする。だが芳子と秀夫の仲は時雄の想像以上に進んでいて、怒った時雄は芳子を破門し父親と共に帰らせる。そして時雄は芳子のいない空虚感のために、芳子が寝ていた蒲団に顔をうずめ、泣くのであった(Wikipediaより)。

蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)

自然主義とは、Wikipediaによると、
自然の事実を観察し、「真実」を描くために、あらゆる美化を否定しようとする建前。

日本では、田山花袋の「蒲団」が有名らしいです。

実際読んでみると、現代では有りがちともいえるストーリー。
でも当時としては、
赤裸々に弟子である女生徒への想いを描く作品は刺激的で斬新だったはず。

陳腐な話と見る人もいるでしょうが、
明治時代の文体でこういう作品が存在するのはやはり貴重だとおもいます。

女生徒が、自分と自分の恋人を「私共」と呼ぶことに妬く主人公の気持ちは
共感できます。

女生徒はずっと言行一致の手紙を書いていたのに、
最後の女生徒から主人公へ宛てた手紙が言行不一致。
この手紙をもらった側は、そりゃあやるせないでしょう。

蒲団を引っ張り出し女生徒を想い顔を埋めて泣くあたり、
私は主人公が憎めません。

付け加えるに、牛込矢来町、市ヶ谷見附、四ツ谷等、馴染みのある街並みの描写が楽しい。

「蒲団」のラストを引用しておきます。

五日目に、芳子から手紙が来た。いつもの人懐かしい言文一致でなく、礼儀正しい候文で、「昨夜、恙なく帰宅致し候儘御安心被下度、此の度はまことに御忙しき折柄種々御心配ばかり相懸け候うて申訳も無之、幾重にも御詫申上候、御前に御高恩をも謝し奉り、御詫も致し度候いしが、兎角は胸迫りて最後の会合すら辞(いな)み候心、お察し被下度候、新橋にての別離、硝子戸の前に立ち候毎に、茶色の帽子うつり候ようの心地致し、今猶まざまざと御姿見るのに候、山北辺より雪降り候うて、湛井(たたい)よりの山道十五里、悲しきことのみ思い出で、かの一茶が『これがまアつひの住家か雪五尺』の名句痛切に身にしみ申候、父よりいずれ御礼の文奉り度存居候えども今日は町の市日にて手引き難く、乍失礼私より宜敷御礼申上候、まだまだ御目汚し度きこと沢山に有之候えども激しく胸騒ぎ致し候まま今日はこれにて筆擱(お)き申候」と書いてあった。

 時雄は雪の深い十五里の山道と雪に埋れた山中の田舎町とを思い遣った。別れた後そのままにして置いた二階に上った。懐かしさ、恋しさの余り、微かに残ったその人の面影を偲ぼうと思ったのである。武蔵野の寒い風の盛に吹く日で、裏の古樹には潮の鳴るような音が凄じく聞えた。別れた日のように東の窓の雨戸を一枚明けると、光線は流るるように射し込んだ。机、本箱、罎、紅皿、依然として元のままで、恋しい人はいつもの様に学校に行っているのではないかと思われる。

 時雄は机の抽斗を明けてみた。古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂いを嗅いだ。暫くして立上って襖を明けてみた。大きな柳行李が三箇細引で送るばかりに絡げてあって、その向うに、芳子が常に用いていた蒲団、萌黄唐草の敷蒲団と、線の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。

 時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。 性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。

 薄暗い一室、戸外には風が吹暴(ふきあ)れていた。

01:11 日本・小説(旧) | コメント(0) | トラックバック(0)
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