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「魔の山」(上巻) トーマス・マン

2011/08/05
いわゆる結核文学。
不治の病であった結核に冒された人々が療養するスイス・ダボスのサナトリウムが舞台。
登場人物は否応なく死と向き合います。

主人公はハンス・カストルプ。
3週間の予定でサナトリウムで療養するいとこヨアヒム・ツィームセンを見舞います。
しかし自らも結核に冒されていることがわかり療養生活を開始。

理性と道徳に信頼を置く民主主義者セテムブリーニとは議論をかわす仲に。
ロシア婦人クラウディア・ショーシャには惹かれていきます。
ハンスはショーシャに愛を告白しますが、ショーシャはサナトリウムを去っていきます。

以上、上巻。ここまで読み終えるのに一カ月かかりました。
「ドイツの教養小説」だけあり、難しかったです。

ハンスの病魔が明らかになるまで、つまり最初の3週間経過までの描写に
上巻の半分以上を割いています。
その後は、経過時間は長いのに、描写分量は少ない。反比例?

サナトリウムでの時間の感覚が、サナトリウムを「魔の山」たらしめる所以なのかも。
いったん魔の山に魅入られると、抜け出るのは至難の業。

その辺を象徴する文章を以下抜粋。
第4章のはじめあたり。

『一般には、生活内容が興味深く新奇であれば、そのために時間は、
「追い払われる」、つまり時間の経つのが短くなるが、
単調とか空虚とかは、時間の歩みにおもしをつけて遅くすると信じられているが、
これは無条件に正しい考えではない。

一瞬間、一時間などという場合には、単調とか空虚とかは、時間をひきのばして
「退屈なもの」にするかもしれないが、
大きな時間量、とほうもなく大きな時間量が問題になる場合には、
空虚や単調はかえって時間を短縮させ、無に等しいもののように消失させてしまう。

その反対に、内容豊富でおもしろいものだと、一時間や一日くらいなら、それを短縮し、
飛翔させもしようが、大きな時間量だとその歩みに幅、重さ、厚さを与えるから、
事件の多い歳月は、風に吹き飛ばされるような、貧弱で空虚で重いのない歳月よりも、
経過することがおそい。

従って、時間が長くて退屈だというのは、本当は単調すぎるあまり、
時間が病的に短縮されるということ、のんべんだらりとした死ぬほど退屈な単調さで、
大きな時間量がおそろしく縮まるということを意味する。

一日が他のすべての日と同じであるとしたら、千日も一日のごとく感ぜられるであろう。

そして毎日が完全に同じであるならば、いかに長い生涯といえどもおそろしく短く感じられ、
いつの間にかすぎ去っていたということになるだろう。

習慣とは、時間間隔の麻痺を意味する。
あるいは少なくともその弛緩を意味する。
青春期の歩みが比較的ゆっくりとしているのに、それ以後の年月が次第にせわしい急ぎ足で
流れすぎていくというのも、この習慣というものに原因があるに違いない。』

魔の山 (上巻) (新潮文庫)

01:37 外国・小説(旧) | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
No title
高校の教科書に一部(最初のとこだけ?)抜粋されていて、当時、休み時間に皆この文庫本を読んでいた時期があったように思います。
私も・・・
でも、上の途中で早々挫折しました(笑
難しすぎました・・・
読み通せたってすごいよね!
No title
いやー難しくて分からないところはすっ飛ばして読んでます。すっとばしまくり(?)。読み終えることだけに満足感を得ようとしているかも・・・。
それにしても、高校の休み時間に生徒がこの文庫本を読んでいる光景ってすごいと思う。

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