07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- スポンサー広告

「大江戸歌舞伎はこんなもの 」 橋本 治

2014/05/16
著者が30年間惚れ続けている大江戸歌舞伎。誰も見たことのない100年以上前の歌舞伎とはどんなものだったのか?歌舞伎の定式、専門用語とは?“時代”と“世話”とは?顔見世狂言とは?などなど、江戸の歌舞伎の構造を徹底解説。人気狂言『兵根元曽我』はなぜ何ヶ月も何ヶ月もロングランしたのか??粋でイナセでスタイリッシュな江戸歌舞伎の世界へようこそ(「BOOK」データベースより)。

大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)

江戸時代の人にとっての歌舞伎の構造、存在を解説している。歌舞伎がきっちりした定式を守りつつ、定式の中では信じがたいほどに融通無碍なもの、ということが分かった。筋書き、キャラクターも自由自在。

・江戸歌舞伎、荒事と和事
「江戸文化」と一口に言うが、江戸(関東)ではない上方(京・大坂)の色彩が非常に強い。文化は伝統という土壌の中で作られ、育てられる。でも、自由、伝統は、束縛を振り払ったところしか育っていかない。しかし、自由が確固としたものとなるためには、何らかの支えを必要とする。だから、江戸は江戸なりのヒーローを持ち、様式を持った。リアリズムを必要とする現実のディテールが新開地の江戸にはまだあまりなかった。リアリズムの演技は、上方で始まった(p.73)。

・時代物、世話物
「自分(町人)達のいる現在」だけが「世話」。町人から見ると武士の世界は遠いものなので、江戸の現在における武士の世界も、また「時代」になる。

世話ものは、「純粋に現在の時間世界だけで出来上がって」いる。「『曽根崎心中』が、世話浄瑠璃、世話物の最初であるということは、『それ以前にはまだそんなものがなかった』、「自分たちの現在=≪世話≫がまだ存在しなかった。自分達のいる現在がそっくりそのままドラマの舞台として通用するものであるということに、多くの人が気がつかなかった」(p.134)。「天智天皇も紫式部も大石内蔵助も楠正成も足利将軍も出て来ない」がゆえに、「曽根崎心中」は、「江戸の歌舞伎としては相当に異質であった」(p.138)→あまり上演されなくなった。

・善人と悪人
江戸のドラマの大筋は二つ。一つは「善人が悪人を懲らしめる」(江戸の荒事)、もう一つは「善人が悪人によって虐げられる」(上方の和事)(p.207)。

・二枚目について
歌舞伎で「女にもてる男とは、ハタから見れば、愚劣と同一である。だからこれを演ずるにはコミカルであらねばならない」というのが江戸のテーゼ。それ以来歌舞伎の二枚目(ハンサム)はみんなこれ。

『大商蛭子島』を上演した江戸中村座の座頭は五世市川団十郎、その次に三世沢村宗十郎。宗十郎は本来座頭級だが、『江戸歌舞伎の総本山』市川団十郎(一枚目)がいたから二枚目ポジション。だから、鎌倉幕府を創設するヒーロー源頼朝を演じた。そして和事の名手なので、和事を「舞台で宗十郎が舞台で披露して見せなければ観客は承知しない」。だから、頼朝のキャラクターはスーパーヒーローかつ、女たらしになる。 すなわち、「これとこれを組み合わせて新しい物を作っちゃおぜ」というのが歌舞伎(p.154)。

・世界と趣向
「世界」とは、ドラマの背景になる時代設定のこと。歌舞伎は「世界」という根本設定を必要とする。趣向は、芝居を作る「材料」。「仮名手本忠臣蔵」は「太平記の世界」で、「忠臣蔵」の趣向。「東海道四谷怪談」は「忠臣蔵の世界」で「四谷の怪談ばなし」が「趣向」(p.190)。

・法界坊
「隅田川続悌(すみだがわ ごにちのおもかげ )」で、双面=「アンドロギュノス(両性具有)」ー「死んでしまった男と女の魂が一つになって、男なり女なりの体を持って現れる」。法界坊という生臭坊主が振袖の娘姿になるのは、実悪の大立物初代中村仲蔵が「男のクセに『道成寺』が踊りたくてしょうがな」くて、「男が女の格好をして踊れる道成寺は出来ないか」という発想から(p.229)。

00:19 歌舞伎本 | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。