10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- スポンサー広告

「一ノ谷嫩軍記」 熊谷陣屋のせりふ

2014/11/08
「一ノ谷嫩軍記」熊谷陣屋で好きなせりふ、気になるせりふ、聞きとりたいせりふを集めてみました。名作歌舞伎全集第4巻、舞台を参考に。

制札をみて。
町人「一枝を切らば一指を切るべしとのご法度じゃ」。

相模と藤の方久々のご対面。 二人「これはしたり」。

藤の方、相模の夫熊谷次郎を討ちたいと迫る。
相模「只今にては武蔵野国の住人、士の党の旗頭熊谷次郎直実と申しまする」。
藤「そなたの連れ合い佐竹次郎は、今では熊谷次郎とな」(中略)。
相模「討たせとは、そりゃ誰を」。藤「そなたの夫、熊谷を」。
相模「エエ、そりゃ又なんのお恨みで」。
藤「さいなア、無官の太夫敦盛を、そなたの夫熊谷が討ったわいの」。

熊谷直実、花道より登場。
花の盛りの敦盛を討って無常を悟りしか、さすがに猛き武士も、物の哀れを今ぞ知る、思いを胸に立ち帰る。♪妻の相模を尻目にかけて座に直れば、軍次はやがて覆いになり。

藤の方、熊谷に詰め寄る。
熊谷「小次郎を無理に引立て、小脇に引ん抱き、我が陣屋へ連れ帰り、某はその軍に、搦手(からめて)の大将、無官の太夫敦盛の首取って、比類なき功名」。
♪噺(はなし)にさてはと驚く相模、後ろに聞き居る御台所。
藤「わが子の敵、熊谷やらぬ」。
♪熊谷やらぬと抜く所、こじりつかんで。
熊谷「ヤア、敵呼ばわり何やつだ」。
相模「聊爾(りょうじ)なされな。あなたは藤のお局さま」。♪聞いてびっくり。
熊谷「何、藤のおん方。誠に藤のお局さま」。
思いがけない御対面と、飛び退き敬い奉れば
藤「コリャ熊谷、いかに軍の習いじゃとて、年端も行かぬ若武者を、ようむごたらしゅう首討ったな。サア約束じゃ、相模、助太刀して夫を討たしゃ」。
熊谷「(中略)しのぎを削るには、誰彼の容赦があろうか。藤の御方、戦場の儀は是非なしと御諦め下さるべし。その日の軍のあらましと、敦盛卿を討ったる次第、お物語つかまつらん」。

熊谷の物語。
熊谷「されば御顔をよく見奉れば、鉄漿(かね)黒々と、細眉に、齢は十六夜、我が子の齢ばい。定めて両親ましまさん、その御歎きはいかばかりと、子を持ったる身の思ひの余り、上帯取って引立て塵打払ひ早落ち給ヘと」。
相模「と勧めさしゃんしたか。そんなら討ち奉る心ではなかったのか」。
熊谷「オヽサ、はや落ち給へと勧むれど、アイヤ一旦敵に組敷かれ、何面目に存えん。早首取れよ熊谷」。
藤「ナニ首取れというたかいの、健気な事をいうたなア」。
熊谷「サヽ、その仰せにいとゞ猶、涙は胸にせき上げて、まっこの通りに我が子の小次郎、敵に組まれて命や捨てん。実に浅ましきは武士の習ひと太刀も。♪抜兼ねしに、逃去ったる平山が、後の山より声高く 「熊谷こそ敦盛を組み敷きながら助くるは、二心に極りしと、呼ばはる声々。アヽ、是非もなや、仰せ置かるゝことあらば言伝へ参らせんと申上ぐれば」。♪御涙をうかめ給ひ。「父は波濤へ赴き給ひ、心に掛かるは母人の御事。昨日に変わる雲井の空、定めなき世の中を、いかゞ過ぎ行き給うらん。未来の迷ひこれ一つ、熊谷頼むの御一言。是非に及ばず御首を、討ち奉ってござりまする。戦場の習いじゃわ。」
藤「さほど母をば思うなら、経盛殿の詞につき、なぜ都へは身を隠さず」。♪一の谷へは向ひしぞ。健気に鎧うたその時は、母もともども悦んで 「勧めてやりし可愛いやなア」。♪覚悟の上も今更に、胸も迫りて悲しやと、くどき歎かせ給ふにぞ、御尤とは思へども~。

enomi20141110-01.jpg

青葉の笛。
藤「今わの際まで、肌身放さず持ったるはコレ、この青葉の笛。われとわが身の石塔を、建てゝ貰うた価にと、渡し置いたこの笛の、我が手に入りしも親子の縁」(中略)。
♪親子の縁の絆にや、障子に映る陽炎の、姿はたしかに敦盛卿、藤の局は一目見るより
藤「ヤヽ、わが子か、なつかしや」♪かけ寄り給ふを相模は押し留め。
相模「香の煙に姿を顕わし、実方は死んで再び都へりしも、一念のなす所、いぶかしきは障子の影、殊に親子は一世と申せば、御対面遊ばさば御姿は消失せん」。
藤「イヤノウ、四十九日が其の間、魂中有に迷うと聞く。せめては逢うて一言を」。
♪振り放し、障子がらりとあけ給へば、姿は見えず緋おどしの、鎧ばかりぞ残りける」。

首実検。
熊谷「(中略)ご諚にまかせ敦盛の首討ったり。イザ、御実験下さるべし」。 ♪ふた取れば。
藤、相模「ヤ、其の首は」。
♪かけ寄る女房、御台は我が子と心も空、立ち寄り給えば首を覆ひ
熊谷「イヤ実験に供えし後は、お目にかけるこの首、お騒ぎあるな。騒ぐな。お騒ぎあるな」。
♪と熊谷が、諌めに流石はしたのう、寄るも寄られぬ悲しさの、千々に砕くる物思い。♪次郎直実謹んで
熊谷「敦盛卿は院の御胤。此の花江南の所無は、即ち南面の嫩(ふたば)、一枝を切らば一指を切るべし。花によそえし制札の面、察し申して討ったる御首、御賢慮に叶いしか、ただし直実あやまりしか、御批判いかに」。
義経「ホヽオ、花を惜しむ義経が心を察しよくも討ったり、敦盛にまぎれなきこの首、由縁の人もありつらん、見せて名残りを惜しませよ」。
熊谷「こりゃ女房、敦盛卿の御首、藤の方へお目にかけよ」。相模「アイ・・・」。
♪あいとばかりに女房は、あえなき首を手に取り上げ、見るも涙にふさがりて、変わるわが子の死顔に、胸はせきあげ身もふるわれ、持ったる首のゆるぐのを、うなずく様に思われて
相模「門途(かどで)の時にふり返り、にっこと笑うた面差しが」♪あると思えば、可愛さ不憫さ、声さえのどにつまらせて。「もうし藤の方様。お歎きあった敦盛さまのこの首」。
藤「ヤヤ、其の首は」。

弥陀六登場。
義経「宗清待て。いや、弥平兵衛宗清、待て」。♪びっくり、はっと思えど、そらさぬ顔。
弥陀六「弥平さんとやら、大将様が呼んでなさるぞ。もし、弥平さん、弥平さん。そんなお方は居てじゃござりませぬ」。
義経「諺にも、いたって憎い悲しいとうれしいとののこの三つは、人間一生忘れずという。その昔、母上常盤の懐に抱かれ、伏見の里にて雪に凍えしを、汝が情けをもって親子四人が助かりし嬉しさ。その時われ三歳なれど面影は目先に残り、見覚えあるその眉間の黒子。サ隠しても隠されず。重盛卒去の後は行方知れずと聞きつるが、健固でありしか、いや満足、満足」。
弥陀六「ハテ、恐ろしいほどの眼力じゃなあ。老子は生まれながらさとく、荘子は三つにしてよく人相を知ると聞きしが、かく弥平兵衛宗清と見られし上は、いかに義経殿」。

義経、弥陀六に鎧櫃をプレゼント。
義経「これ、親仁。その方が大切に育つる娘へこの鎧びつ、届けてくれよ。こりゃ、弥陀六」。
弥陀「なに、弥陀六とな。宗清ならば源氏の大将が頼むべきいわれなし。こりゃおもしろい。いかにも弥陀六頼まれて進ぜましょう。しかし、娘へは不相応な下され物。中をちょっと拝見」。♪ふた押しあくれば。
藤「ややっ、そなたは」。
弥陀「いや、この中には何もない。この中には何もない。何もない。これでちっとは虫がおさまった。いやなに、直実殿。こなたへの返礼はこの制札。一枝を切らば一子を切って、エヽかたじけない」。

熊谷出家。
義経「オヽさもありなん、そもそももののふの高誉れをを望むも、子孫に伝えん家の面目、その伝うべき子を先立て、軍に立たん望みはあるまい。願いにまかせ暇を得さすぞ。汝健固に出家をとげ、父義朝や母常盤の回向を頼む」。
相模「そのお姿は」。 熊谷「なに驚く事あらん(中略)」。
弥陀「コレコレコレ、義経どの。モシ又敦盛よみがえり、平家の残党狩り集め、恩を仇にて返さばいかに」。
義経「オヽ、それこそは義経や、兄頼朝が助かりて、仇を報いしその如く、天運次第恨みを受けん」。
熊谷「実にその時はこの熊谷、浮世を捨てて不随者と、源平両家に由縁はなし、互に争う修羅道の、九患(くげん)を助くる、回向の役」。
弥陀「この弥陀六も時を得て、また宗清と心の還俗」。
熊谷「われは心も墨染に、黒谷の法然を師と頼み、教えを受けん。君にも益々御安泰」。
♪お暇申すと夫婦づれ、石屋は藤のお局を伴ひ出ずる陣屋の軒。
藤・相模「御縁があらば」。 ♪と女子同士。
熊谷・弥陀「命があらば」。 ♪と男同士。 義経「健固で暮らせよ」(中略)。
熊谷「今ははや何思う事なかりけり、弥陀の御国へ行く身なりせば。十六年は一昔、アヽ、夢だ夢だ」。♪ほろりとこぼす涙の露、柊に置く初霜の、日影にとける風情なり」。

01:34 歌舞伎のせりふ | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。