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「歌舞伎百年百話」 上村 以和於

2015/03/19
江戸歌舞伎が終わって一四〇年。近代社会の変容は古典歌舞伎の伝統をどう変えたのか。「リアリズムと様式の間」を軸に、一年のトピックスを見開き二頁で綴る(「BOOK」データベースより)。

歌舞伎百年百話

團菊時代以降の歌舞伎の歴史が俯瞰的にかつコンパクトにまとめられており、大変面白かった。三島由紀夫は、「歌舞伎の批評とは結局のところ、昔の役者は良かったということに尽きる」と言ったらしい。そんなことになりませんように。以下まとめ。
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第一世代 ビッグ6(明治末から大正初年生まれ)
女形の六代目中村歌右衛門、六代目尾上梅幸、高麗屋三兄弟の十一代目市川團十郎、八代目松本幸四郎、二代目尾上松緑、十七代目中村勘三郎。

第二世代  苦戦を強いられた谷間の世代(大正の後半から昭和初年生まれ)。
四代目中村雀右衛門、七代目中村芝翫、二代目中村扇雀(当代坂田藤十郎)、五代目中村富十郎、三代目実川延若、九代目澤村宗十郎

第三世代  昭和10年代生れ。
五代目坂東玉三郎、十五代目片岡仁左衛門、十二代目市川團十郎、三代目市川猿之助、九代目松本幸四郎、七代目尾上菊五郎、二代目中村吉右衛門ら 

第四世代 十八代目中村勘三郎、十代目坂東三津五郎、七代目中村芝雀
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明治36年(1903年)團菊死去(九代目市川團十郎(活歴の試み)・五代目尾上菊五郎)→歌舞伎の危機。
明治44年(1911年)歌舞伎座を松竹が買収
大正4年(1915年)市村座最盛期
  市村座 六代目菊五郎、初代吉右衛門
  歌舞伎座 五代目歌右衛門、十一代目片岡仁左衛門、十五代目市村羽左衛門
  帝劇 六代目尾上梅幸、七代目松本幸四郎、七代目澤村宗十郎
大正5年(1916年) 五代目歌右衛門全盛。歌右衛門の名跡を争っていた四代目歌右衛門の孫、芝翫と初代中村鴈治郎(芝翫の勝ち)が、東西両成駒屋顔合わせ興行
大正10年(1921年)漏電により歌舞伎座全焼
大正12年(1923年)歌舞伎座の建物躯体完成後、9月3日に関東大震災により全焼
大正13年(1924年)歌舞伎座竣工
昭和7年(1932年)市村座全焼。江戸三座消滅
昭和9年(1934年)東宝が市川寿美蔵 (寿海) 、坂東簑助 (八代目三津五郎) 、中村もしほ (十七代目勘三郎) 、市川高麗蔵 (十一代目團十郎) 、片岡芦燕 (我童) を獲得。
昭和10年(1935年)初代中村鴈治郎死去。上方歌舞伎斜陽へ
昭和13年(1938年)菊吉絶頂期(六代目菊五郎、初代吉右衛門)。
昭和19年(1944年)歌舞伎座興行打ち切り
昭和20年(1945年)歌舞伎座が東京大空襲で全焼。終戦。東劇が歌舞伎の主力劇場に。GHQによる干渉。
昭和21年(1946年)十二代目片岡仁左衛門一家惨殺。九代目市川海老蔵(十一代目市川團十郎)「助六」で大当たり
昭和22年(1947年)GHQによる統制終了。
昭和23年(1948年)高麗屋三兄弟という言葉ができる。当代尾上菊五郎、中村吉右衛門初舞台。
昭和24年(1949年)六代目菊五郎死去。
昭和25年(1950年)戦後歌舞伎のビッグ6出そろう。
昭和26年(1951年)四代目歌舞伎座開場六代目歌右衛門襲名披露
昭和27年(1952年)九代目市川海老蔵(十一代目市川團十郎が「源氏物語」を上演。
昭和28年(1953年)「曽根崎心中」で扇雀ブーム
昭和29年(1954年)初代吉右衛門死去。
昭和32年(1957年)菊五郎劇団、吉右衛門劇団が毎月興行。菊五郎劇団には、七代目尾上梅幸、二代目尾上松緑、九代目市川海老蔵(十一代目市川團十郎)。吉右衛門劇団には、六代目中村歌右衛門、八代目松本幸四郎、十七代目中村勘三郎。
昭和36年(1961年)八代目松本幸四郎一門東宝移籍。二代目中村吉右衛門襲名。
昭和37年(1962年)十一代目市川團十郎襲名。
昭和38年(1963年)三代目市川猿之助襲名。
昭和40年(1965年)十一代目市川團十郎死去。
昭和41年(1966年)国立劇場開場(当初の理念は古典の復活、通し狂言、新歌舞伎創造)。
昭和42年(1967年)坂東玉三郎が国立劇場の「時鳥殺し」で注目される。
昭和43年(1968年)三代目市川猿之助、「河連法眼館(四ノ切)」の宙乗りで大評判。
昭和45年(1970年)三之助という呼び名登場。六代目市川新之助(十二代目市川團十郎)、四代目尾上菊之助(七代目尾上菊五郎)、初代尾上辰之助。
昭和48年(1973年)七代目尾上菊五郎襲名。
昭和50年(1975年)片岡孝夫、坂東玉三郎が「お染の七役」で注目される。「孝玉」「T&T応援団」。
昭和53年(1978年)猿之助歌舞伎を決定づける舞台が集中的に上演される(「義経千本桜」、「伊達の十役」など)。
昭和54年(1979年)十三代目片岡仁左衛門一門が「関西で歌舞伎を育てる会」公演。
昭和59年(1984年)金丸座を二代目中村吉右衛門、二代目澤村藤十郎、五代目中村勘九郎が訪れる。
昭和60年(1985年)十二代目市川團十郎襲名第一回こんぴら歌舞伎
昭和61年(1986年)第一回スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」
昭和63年(1988年)十七代目中村勘三郎死去。
昭和64年平成元年(1989年)二代目尾上松緑死去。菊五郎劇団の中心が七代目尾上菊五郎に。
平成2年(1990年)歌舞伎ブーム到来。納涼歌舞伎大ヒット若い世代の活躍。五代目中村勘九郎、五代目坂東八十助(十代目坂東三津五郎)、 九代目中村福助、三代目中村橋之助。
平成6年(1994年)コクーン歌舞伎開始。「東海道四谷怪談」。五代目中村勘九郎。十三代目片岡仁左衛門死去。
平成7年(1995年)三代目中村鴈治郎(当代坂田藤十郎)、「曽根崎心中」1000回。
平成8年(1996年)四代目中村雀右衛門爛熟期。五代目尾上菊之助襲名。三之助復活。七代目市川新之助(十一代目市川海老蔵)、五代目尾上菊之助、二代目尾上辰之助(四代目尾上松緑)。
平成10年(1998年)十五代目片岡仁左衛門襲名
平成11年(1999年)第三世代活躍。
平成12年(2000年)七代目市川新之助が「助六」で」ブレーク第一回平成中村座
平成13年(2001年)十代目坂東三津五郎襲名。六代目中村歌右衛門死去。
平成16年(2004年)十一代目市川海老蔵襲名
平成17年(2005年)十八代目中村勘三郎襲名。四代目坂田藤十郎襲名

12:23 歌舞伎本 | コメント(0) | トラックバック(0)
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